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第3章 呻吟 (江角)

シャープファングス号から下ろされたアマンダは、腰の前で両手を縛られたままブルータルシャークの秘密基地へと歩かされた。

羽飾りの付いた大柄な帽子はなかったものの、ロングコートにロングブーツのいつものいでたちだった。

屈強な男二人に左右から抱えられながらも、アマンダは徐々に両手の戒めを弛め脱出の機会を窺うのだった。

鬱蒼とした林の中を進む。

その道は獣道のようで、決して平坦ではない。

アマンダ達は、しかし黙々と歩み続けるのだった。

林の上には沈みかけている太陽があるはずだが、一向に明るくはない。

エル・ディアブロ島の霧は、どこまで進んでも晴れないのだ。

しかしアマンダの心に迷いはなかった。

この窮地をなんとか抜け出し、部下達の仇を、両親の仇を取る。

そして、卑劣な手段で自分達を陥れたエルガー提督に復讐する。

そんな熱く確固たる思いで自分を鼓舞するのだった。

秘密基地までもう間もなくといったところで、近くで猛禽類の大型の鳥が急に羽ばたいた。

バサッ!

咄嗟の大きな音に、アマンダを連行していた男達がほんの一瞬だけ怯んだ。

その瞬間だった。

手を拘束していた縄を完全に解いていたアマンダは、両脇の男を力任せに引きつけお互いの体をぶつけさせると同時に、左右の手刀で頚部に打撃を加え気絶させた。

                   

後から銃を構えて付いてきた男は慌ててアマンダに銃口を向けようとしたが、一瞬早くアマンダが銃身をコントロールし、発射された銃弾は男の大腿部を貫通した。

「うっ!」

銃を持っていた男は、あえなくその場に崩れ落ちた。

あっという間の出来事だった。

アマンダは踵を返すと、一目散に港を目指すのだった。

小さいボートでも何でも良い。

この島を抜け出し、体制を立て直さなければ仇も復讐も有り得ない。

大柄な彼女だが、その動作は極めて俊敏だった。

ブルータルシャーク一味に気づかれぬよう、歩を進める。

全身の感覚を研ぎ澄まし、周囲に気を配る。

何故なら、ここは敵の巣窟なのである。

自分の味方は、一人もいない。

林を抜け出し、ようやく潮の香りのする辺りまで辿りついたところで、アマンダの動きが急に停まった。

エスメラルダを先頭に、銃を構えた十人ほどの男達が何処からともなく現れたのだ。

「こんなこともあるかと思って、港を固めてたんだよ。」

エスメラルダが、してやったりの笑みを浮かべながら言う。

あれほど用心していたのにも関わらず、敵の待ち伏せを感知できなかった自分をアマンダは責めていた。

「また逃げるかもしれないから、充分気をつけて連れていきな。」

エスメラルダの言葉に、部下達はアマンダの両手を後ろにして鉄製の枷を嵌める。

「ふん、また逃げ出してやる。」

闘志に満ちた眼差しでエスメラルダを射抜きながら、アマンダは強く言い放つ。

そして、固く唇を噛み締めるのだった。

エスメラルダへの敵愾心で、自分を強く保つためである。

しかし、後ろ手で鉄製の枷を嵌められていては流石のアマンダもその戒めを解くのは難しい。

遂には、秘密基地へと連行されてしまうのだった。

基地地下に設えられたその部屋は、拷問のためとしか思われない器具や道具が整然と並べられていた。

通常人であれば、そんな部屋に入れられただけで知らない事までもなんでも白状してしまような威圧感が満ちている。

アマンダは鉄製の椅子に座らされ、両手は肘掛に、両脚は椅子の脚に厳しく拘束されていた。

無駄と知りつつも、手首をひねったり踵を浮かしたりして何とかその拘束から逃れようとする。

彼女の不屈の精神の表れだった。

そうこうしているところに、エスメラルダが部下二人を伴って部屋に入ってきた。

「無駄よ、いくら足掻いたところでその椅子から逃れることはできないわ。」

エスメラルダが、アマンダの心を見透かすような言葉を吐く。

「たとえ逃れられなくとも、おまえの言いなりには決してならない。」

アマンダが固い決意を込めて言い返す。

「あら、そう。素直に財宝の在処を教えてくれれば、命くらいは助けてやろうかと思ったのに。」

エスメラルダが心にもないことを言う。

「私はたとえ殺されたって財宝は渡さない。ニューランドンのみんなの大切な宝だから。」

アマンダは、ニューランドンで命からがら生き延びた領民たちの顔を思い浮べながら思いを強くするのだった。

「大丈夫、すぐには殺さないよ。」

エスメラルダが手にした剣の先を、アマンダの顔に近けながら言った。

「あくまでも教えないつもりだね。」

アマンダは、黙ったままエスメラルダを見返すだけだった。

「じゃ、始めるよ。」

エスメラルダの言葉に、部下達が命じられてもいない準備を始める。

いつもの手順のようだ。

左右それぞれの肘掛に近づくと、男達はアマンダの指を一本ずつ指枷に嵌めていく。

その枷は金属製で、第一関節から第二関節までを覆うように作られている。

全ての指の動きを完全に封じた上で、その枷自体を肘掛に固定した。

アマンダには、何が行なわれるかは見当も付かない。

しかし怯んだ表情も見せられないので、じっと眼を閉じるだけだった。

エスメラルダはポケットから、何か光る小さなものを取り出すとそれをアマンダの頬にいきなり衝き立てた。

「っん。」

衝撃は小さいが、鋭い痛みにアマンダは眼を開けた。

エスメラルダが手にしていたのは、縫い針だったのである。

「財宝はどこに隠したの。」

アマンダに詰め寄る。

「こんなちっぽけなものでも、あんたを泣かせるには充分なんだよ、使いようによってはね。」

エスメラルダが、すこし楽しげに針を翳す。

「早く喋っちまいな。」

エスメラルダは、完全に自由を失ったアマンダの左手の小指を掴むと持っていた針を爪と皮膚の間に捻じ込んだ。             

途轍もない衝撃が、指先から脳髄に突き抜けた。

叫ぶことさえ禁じられるほどの、痛みだった。

「っう。」

アマンダに許されたのは、低く呻くことだけだった。

「意外に効くだろ。」

エスメラルダの言うとおりだった。

たった一本の小さな針が、アマンダを地獄の底に突き落としたのである。

「もう一度聞くよ。お宝はどこだい。」

エスメラルダが、アマンダの顔を覗きこみながら言う。

「おまえになんか、絶対に負けない。」

アマンダは苦痛に喘ぎながらも、きっぱりと言い返す。

「じゃ、こうしてやるよ。」

といいながら、エスメラルダは捻じ込んだ針を上下左右に捏ね繰りまわす。

       

「っうーん。」

弱みを見せられないアマンダは、堪えきれない呻きを漏らすだけだった。

「人間の体は不思議なもんで、端に行く程敏感になっている。」

エスメラルダは一旦手を止めると、アマンダの哀れな指先から一条に流れ落ちる赤い血を舌で舐めるのだった。

殆ど力を用いず、最小の道具で最大の効果が得られる拷問法かもしれぬ。

「白状しな、残りの指九本にもお見舞いしてやろうか。」

というエスメラルダの言葉にアマンダは、

「ふん、好きにするがいい。」

と強がりを言うのが精一杯であった。

 

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